書籍『海と毒薬』

動機

新潮文庫の100冊 2018年版を読む
12冊目

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すすめる?

決して明るい内容の本ではなく、読んでいて吐き気のする胸糞悪さがありますが、でも読んでおいていいと思う。

戦争は反対だ。
でも、賛成する人が少数であっても戦争は起こってしまう。
自分の弱さを素直に見つめる強さは得難いものなんだよな。

内容

引っ越してきた私は、結核の治療のための人工気肺を受けに、近所の医院へ通う。医院の医師・勝呂は、風体こそ怪しいが、腕は確かだ。

どうやら、勝呂はどこかで相当、結核の治療に携わって来たに違いない。
だが、これほどの腕がありながらどうしてこんなところで町医者などやっているのだろうか?
風体の怪しさも相まって、私は勝呂に対して恐れを抱く。

ある時、義妹の結婚式に出席した九州のF市で、私は偶然に、勝呂が過去に生体解剖にかかわったことを知ってしまう。

戦時中、勝呂は研修医をしていた。
勝呂のボスは、次期医学部長と目される橋本教授だ。
しかし、橋本教授は権力争いの佳境に、前部長の身内の手術に失敗し死亡させてしまった。
挽回を目論む橋本教授は、アメリカ兵捕虜の生体解剖を行うことを決意。
勝呂は断り切れず参加することになったが、自分のしたことに対する、後悔、恐怖、自分の弱さを引きずることになった。

感想

遠藤周作の読み味

とにかく全編が暗い。
遠藤周作の他の作品を読んだ時にも感じたことですが、氏の作品は影を感じる。
土埃が舞うような強い日差しを描いても、太陽が眩しすぎて頭痛を起こしそうな感覚や、嵐の前の湿った風が吹き荒れている感じを彷彿とさせる。

この感覚は、私に遠藤周作氏の作品があっていないせいで他の人はそうでないのかもしれません。
しかし、「海と毒薬」ではこの暗さが、描かれる人間の恐ろしさと、吐き気がするほどに合っていた。

神なき日本人が主題なのか?

裏表紙に「神なき日本人の”罪の意識”の不在の不気味さを描く」と書いてあります。
この文句には疑問がある。
生体解剖を受けたのは捕虜のアメリカ兵だが、彼らには信仰があるのだろう。
では、彼らに罪の意識とやらはあるのか?
彼らにもないだろう。
自分の投下する爆弾で日本人が死ぬことに罪の意識は感じないはずだ。
むしろ祖国のためだと誇ってすらいるかもしれない。

神なき故の不気味さではなく、人間のそもそも持っている残虐さや、戦争や実験という理由を持ち出して殺人を合理化し、罪の意識を自ら消し去れることの不気味さが大事なのだ。
勝呂という気の弱い、優しい青年が、殺人を止めることができないことが不気味で、大事なのだ。
私はそう考える。

勝呂の偉さ

勝呂は生体解剖に手を貸さなかったが、拒否もしていない。
権力に負けたり、やけっぱちになっていたり。
理由はつけられる。

町医者になった彼は、過去を振り返りこう語る。
「これからもおなじような境遇におかれたら僕はやはり、アレをやってしまうかもしれない…アレをねえ」

反省していないようにも取れるがそうではない。
彼は自分の弱さを知っている。
そして、弱さから目を背けていない。

「あの時は権力に負けた。」とか「戦争中は誰でもまともな判断ができない」とか、言い訳のしようはある。
でも彼は言い訳をせずに、またやってしまうかもしれないと述べる。

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