書籍『本はどう読むか』

動機

活字好きとしては興味のあるタイトルと感じていました。
しかし同時に説教臭さを感じて、近寄りがたいタイトルでもある。
本を読む量を徐々に増やしている今だからこそ、やいやと飛びついた。

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すすめる?

全く堅苦しい本ではありません。
ぜひ手に取って、少しだけ読んで下さい。

帯には、「昭和を代表する知識人の体験的読書論」などと書いてあります。
この宣伝文句のために敷居が高く、説教臭い本だと想像するでしょう。
少なくとも私は想像しました。

しかし、実際の本書は、著者の読書体験から導入され、著者はどんな失敗をしたか?どう試行錯誤したか?が語られ、「昭和を代表する知識人」も失敗を重ねていることが分かり、説教臭さは感じません。

それに、著者は自分には厳いけれど、他社に対して優しい人のようです。
読者を気遣う優しさに溢れています。

どんな本?

著者の清水幾太郎氏の少年時代からの読書体験と、本とのつきあい方が語られる本です。

読書には、娯楽、教養、実用の目的がある。
とくに実用は忘れないことが重要に思えるが、忘れないためにはどうすればよいか?
著者は、本の要点を書きとる客観主義的ノート法、検索しやすいカード・システム、テーマを掘り下げる主観主義的ノート法、そして自分で消化する読後感の記述を紹介します。

本とのつきあい方として、書籍をどのように扱うべきか?
また、外国書籍はどう読んだらよいか?

最後に、マスコミ時代にあっての、本の立ち位置の考察がなされる。

感想

名作に読む価値があるとは限らない

清水幾太郎氏は、「合本 三太郎の日記」が面白くなかったという。
周りの人は楽しめ、何度も読まれているのになぜ清水幾太郎氏には面白くなかったのか?
氏の考えは、「本は読む時期が大事である。」ということだ。

確かにその通りで、昔は面白くなかったものが面白く感じたり、その逆もある。
私はそのことを寂しく感じることもあるが、清水氏は、精神の成長に伴い、心の歯車に噛み合うものが変わるのだという。
いかに名作といえど、心の歯車に噛み合わねば面白さを感じることはできない。
私もそう感じる。だから、つまらないと感じた本でも記録には残すことにしている。

また、古典と言われる名作たちは、確かに時間というフィルターを通過するに足る作品であることもあるが、たまたま生き残っただけだということもあり注意が必要だとおっしゃる。
確かに、有名な人や、権力のある人の書いた作品や幸運な作品がある一方で、素晴らしい作品でも不運な道を辿ったものもあるだろう。
また、書かれた時代には時代に合っていても、現代には合わないのかもしれない。

読書を楽しめないのは読者が悪いのではない

という幾太郎氏の優しさと、物書きとしての自分への厳しさを見ました。

書物の分類と読書のスピード

清水幾太郎氏は書物を、実用書、教養書、娯楽書に分類した。
もちろん、氏も考えているように、これらを完全に分類することは困難だ。
教養書が娯楽書になることもあるし、大学の課題として読むならば教養書が単位を取るための実用書になこともある。

ただ、意識の問題として、これらの分類はあり得るだろう。
さらに、実用書に関して、蕎麦を食う要領で素早く読むことを推奨している。

思い返してみると自分は、読む速度の重要さを知っていた。
数学などに関していえば、頭から素早く読み込むことで見える世界が変わることがある。
にもかかわらず、近頃この事実を意識することがない。
これはまさしくケチな思想でした。

  • いわゆる古典としてもてはやされていても、つまらぬ娯楽書は読まない。
  • 実用書は一気に読む。
  • 感想を残して記憶に留める。

書いてしまえば簡単ですが、これが今回得られた大きなこと。

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